遺産の使い込み

◆ 事件の内容

依頼人は,長男であり,その下に長女A,二女Bがいます。

依頼人らの母親は,平成30年12月に亡くなっています。

ところで,依頼人は,母親が亡くなる10年程前に母親と大げんかをして,それ以来,母親とは絶縁状態になっていました。

そのようなこともあって,母親が亡くなった半年後に,親戚から母親の死亡を知らさせたとのことです。

その後,長女Aから,遺産分割調停の申立がなされましたが,その中で,母親名義の銀行預金の履歴を取り寄せてみると,母が亡くなる半年前頃から,順次相当額のお金が引き出されていることが明らかになりました。

また,母親は,平成30年9月に入院しましたが,入院した病院の診療録を取り寄せると,入院時にはほとんど判断能力がない状態であり,むしろ,それ以前から財産管理能力を喪失しているのではないかと疑われる状態にあることが分かってきました。

このような事実は,遺産分割調停を行う中で徐々に分かってきたため,依頼人は,元々長女や二女に対し不信感を抱いていたこともあり,母親の口座から入院前後に引き出されたお金は,母親に無断で長女と二女が共同して引き出したものであるとして,私に「遺産分割調停とは別に,妹たちに対し,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起してほしい」と依頼をしてきました。

 

◆  事件の解決

(1)遺産の使い込みについては,一般的に,被相続人が亡くなる前,被相続人の身近にいた相手方が財産を管理している中で,使い込んでしまう,という形になります。

しかし,訴える側は,被相続人の身辺におらず,また,財産管理もしていないため,仮に預金が引き出されていたとしても,どのような状況のもとで引き出されたかは不明であり,そのため,裁判においては,相手方の不法行為責任を追及することが困難な場合が多いと言えます。

不法行為責任を追及するためには,こちらの方で被相続人の意思に反し,あるいは無断で,相手方が金銭を引き出してしまったことを立証しなければなりませんが,前記のような状況のもとでは,この立証がなかなか困難です。

被相続人に意思能力があるとされた時期において,金銭が引き出された場合は,仮に被相続人の意思に基づくものでなかったとしても,相手方が「被相続人の指示によって引き出し,金銭も被相続人に渡した,その後被相続人がどのように金銭を使ったかは知らない」と主張した場合,被相続人の意思に基づかずに金銭が引き出されたことを立証することは,一般的にはほとんど不可能です。

但し,被相続人に意思能力がないと判断された後に,金銭を管理している相手方により,預金が引き出された場合には,相手方において,何に使ったのかを立証する必要があり,このような場合には,相手方が,被相続人のために使用した,ということを証明できないと,自身のために使用したと認められることもあります。

しかし,基本的には,なかなか難しい訴訟になるので,本件においても,そのことを依頼人に十分説明し,全面敗訴の場合もあることを十分理解してもらったうえ,事件を受けることとし,訴訟を提起しました。

(2)引き出されたお金は,入院前の平成30年6月に200万円,同年8月に1000万円と750万円,入院後の同年9月に400万円の合計2350万円でした。

(3)私の方では,取り寄せた母親の入院時及びそれ以降の診療録等を詳細に検討し,入院時及びその直後の診療録等から,入院後はもちろん,入院前においても相当期間,財産の管理能力を失っていたことの立証に努めました。勿論,相手方の長女・二女は,母親は,入院直前まで,元気で歩き回ったり,自転車にも乗っていたと主張し,意思能力も十分にあったと主張していました。

また,同時に,8月に引き出された1000万円については,ATMからほとんど毎日のように50万円ずつ引き出されている不自然さについて追及しました。

入院する1ヶ月前の8月の炎天下,身体の具合の悪い高齢の被相続人が,自宅から徒歩で15分程度かかる銀行に一人で出向くこと自体が不可能であり,また,連日50万円ずつ合計1000万円もの大金を引き出す必要性が全くなく,さらに,その事実を同居している長女は「全く知らなかった」という不自然さを主張・立証しました。

なお,残りの200万円と750万円の合計950万円については,長女または二女が,「母親から頼まれて銀行に下ろしに行き,下ろした後はそのお金を母親に渡したため,そのお金がどのように使われたのかは分からない」ということでした。

400万円については,入院以前に長女が母親から頼まれ,いざという時に使うようにとの指示があり,通帳を預かっていたので,母親の指示に従い下ろし,母親の死亡後,治療費の残金や葬儀費用に充てた,とのことでした。

また,裁判官の質問に対し,長女及び二女は,「母親の指示で下ろした950万円と,後日下ろされていることを知った1000万円については,母親がどこかに保管したままになっているのではないかと,母親が入院した後も,母親が死亡した後も徹底的に探したが,見つからなかった」と証言しています。

(4)私の方では,入院直後の診療録や診断書を詳細に分析したうえ,母親が少なくとも入院する6ヶ月程前から,十分な活動ができるような状況でなく,意思能力も相当程度減退していたことの立証に力を注ぎました。

(5)その結果,判決では,入院前の平成30年6月に200万円,同年8月に1000万円と750万円の合計1950万円については,長女と二女が引き出し,自分のものとしたとして,両名の不法行為責任を認め,400万円については,入院費の支払いや葬儀費用に充てられたとして,不法行為責任を否定しました。

(6)その結果,依頼人は,1950万円の3分の1に相当する650万円及び最後の引き出しがあった平成30年9月以降,年5分の割合による遅延損害金の支払を受けることができました。

 

◆ 弁護士のコメント

(1)本件は,依頼人の熱意にほだされて,難しい事件と考えつつ提訴しましたが,依頼人が極めて熱心に調査に協力してくれたり,依頼人なりの考えをまとめた書面を私の方に送ってくるなどしてくれたおかげで,弁護士である私としても,全力で取り組まなければならない,という気持ちになったことが,勝訴の大きな要因だと考えています。

(2)私としても,一般的に立証が困難な事件についても,依頼人と力を合わせて取り組めば,その障害をなんとか乗り切ることができる場合もある,ということを思い知った事件でもありました。