遺言書として認められますか?

◆ 事件の内容

依頼人は,亡くなられたAさんの5親等の親族です。

Aさんには,他に近親者がいないため,近くに住んでいた依頼人が,病院への通院の送り迎えをしたり,入院の際は保証人になったりしていました。

このようなこともあり,Aさんは,以前から「私の財産は依頼人に全部やるよ」と言ってくれていました。

依頼人がAさんを亡くなる数日前に見舞ったところ,Aさんから

「令和3年2月15日 A㊞
依頼人の家の屋号 ○○市○○ 氏名(依頼人)へ
土地建物貯金通帳ゼンブさしあげます」

というメモを渡され,改めて「私の財産は依頼人へ全部やるよ」と言われました。

しかし,依頼人から見ても,紙片にこれだけのことを書いただけでは,遺言書として余りに心許ないと思い,そのように述べたところ,Aさんは「それじゃあ,依頼人が作ってきてくれ。名前は書いて判を押すからよ」と言ってくれました。

そのため,依頼人も良かれと思い,遺言書をパソコンで打ち,これをAさんに見せて,署名押印をしてもらいました。

パソコンで打った「遺言書」には,土地建物及びAさんの預貯金の口座番号なども入れて,一切を依頼人に遺贈するということが記載されており,日付とAさんの住所・氏名・押印がなされていました。

依頼人は,この2通の「遺言書」を持参して,これで遺言手続をしてほしい,との依頼をしてきたものです。

 

◆  事件の解決
(1)2番目の,依頼人がパソコンで打ってAさんに署名押印してもらった遺言書には,受遺者である依頼人の特定や,相続財産の特定はしっかりなされ,署名押印も印鑑証明を付けてなされていました。
しかし,遺言書の方式には定めがあり,相続財産の全部または一部の目録を別として,その他は全てAさんが手書きで書かなければならない,という定めになっています。
従って,いくらきちんと書かれていたとしても,「遺言者は遺言者の有する全ての財産を依頼人に遺贈する」というような部分が,パソコンで打たれているような自筆遺言証書は無効となります。そのことをAさんも依頼人も知らないで,良かれと思って,2番目の遺言書を作ったと思いますが,このような遺言書は法律的には無効です。

(2)それでは,1番目の遺言書はどうでしょうか。
このように屋号と○○市○○,依頼人氏名が記載されているだけでは,受遺者の特定という点で明らかに問題となり,このような「遺言書」では,このままで有効な遺言書として遺言の執行することは困難であると判断しました。
検認を受けたとしても,それによって有効な遺言書になることはありません。また,実際の移転登記手続などにおいて,このような内容では誰が権利者か判明しない,ということで法務局で受理してもらえないことは明らかでした。

(3)そのため,やむなく,相続人がいないものとして,相続財産管理人の選任をしました。
そのうえで,相続財産管理人を相手にして,1番目の遺言に書かれているのは,地元の人間であれば依頼人であることを特定できる事実や,遺言書として認められないとしても,2番目の「遺言書」が存在することなどから,主位的に1番目の遺言に効力が認められる,予備的にAさんと依頼人との間に死因贈与契約が成立している,ことを主張して裁判を行いました。

(4)裁判所では,1番目の遺言書について,「自筆証書遺言としての要件を備えている」として,不動産と預貯金については,依頼人に対する遺贈が認められました。

 

◆ 弁護士のコメント

(1)遺言の方式には,主な方式として,自筆証書遺言と公正証書遺言があります。
自筆証書遺言は,「遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押さなければならない。」とされています。
従って,Aさんと依頼人が良かれと思い作成した2番目の遺言書は,法律の要件を充たしておらず,無効とならざるを得ません。
本来であれば,公証人役場に行って,公証人に公正証書遺言を作成してもらうのが良いと思いますが,本件ではそのような時間的なゆとりはありませんでした。

(2)最初に相談を受けたとき,1番目の遺言書と2番目の遺言書を見せてもらい,依頼人の話を聞き,Aさんは間違いなく依頼人に自分の全財産を遺贈したいと思っていたことを確信しました。
しかし,具体的にどのようにすれば,その記載だけでは完全とは言えない自筆遺言証書を有効なものと認めてもらえるのか,他の弁護士の助言も受け,とりあえず,相続人がいないAさんについて,相続財産管理人を選任し,その相続財産管理人を相手に,主位的に1番目の遺言書が有効な遺言書であること,予備的に2番目の遺言書の作成により,Aさんと依頼人との間において,死因贈与がなされたことを原因として,それぞれ不動産については,遺贈を原因とする所有権移転登記手続を求め,また,預貯金については,依頼人に帰属することを確認する訴訟を提起するという方法を選択しました。

(3)その結果,裁判所は,
「1.被告は,原告に対し,別紙不動産目録記載の各不動産について,令和3年○月○日遺贈を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
2.原告と被告との間において,別紙財産目録記載の各財産が原告の所有であることを確認する。」
との判決を出してくれました。(原告=依頼者,被告=相続財産管理人)

(4)この件を解決できたのは,相続財産管理人を選任したうえ,相続財産管理人を相手に訴訟を提起したことが,解決の道につながったと考えています。