社宅の立退料は私のものです事件

◆ 事件の内容

依頼人は,女性で,千葉市内の実家で生活していましたが,東京の会社に勤務することを希望しており,通勤のことを考え,社宅のあるX社に入社しました。

社宅の賃料の支払いは,依頼人が7,X社が3という割合でした。

勤務して後,4年を経過した頃,社宅がある地域が,東京都で認可した再開発事業のため,立ち退かざるを得ないことになり,再開発事業組合の方が,X社に出向いて説明会を開いてくれました。

その説明会は,10月に開かれましたが,「翌年3月末までに社宅から退去すれば,補償金約70万円が支払われる」という説明であり,さらに「その補償金は社宅の居住者に直接支払われるもので,X社に支払われるものではない」という説明もされました。

依頼人は,X社の意向もあり,その年の12月末には社宅から退去し,千葉の実家に帰り,その後,翌年の3月末で退職することとなり,その間は,千葉から通勤していました。

ところが,最終出社日となる3月6日に,依頼人は,X社から「覚書」と題する書面を提示され,この書面に署名押印するように求められました。

そこには「補償金約70万円のうち,4万円を差し引いた66万円については,X社に支払う」という内容が記載されていました。

しかし,依頼人としては,説明会において,はっきりと「補償金は立ち退くことになる本人に支払われるものである」という説明を聞いていましたので,納得できず,署名押印をすることはしませんでした。

X社からは,実家に何度か連絡がありましたが,最終的に署名押印はしないままでいました。

その後,3月中頃,再開発事業組合から,依頼人宛に「補償契約書」が2通送付され,その内容は,金額を約70万円と明示したうえ,再開発事業組合が依頼人に金銭を支払う,との補償契約の合意をするというものでした。

依頼人は,この書面に署名押印したうえ,直ちに再開発事業組合に送り返しています。

再開発事業組合の担当者の話では,4月初旬には依頼人が指定した銀行口座に約70万円が振り込まれるとの話でした。

また,その直後に,入金を確認したら,直ちに領収書を返送するように,という書面と共に,金額が記載された領収書が送られても来ました。

ところが,4月初旬を過ぎ,5月になっても入金がないため,再開発事業組合の担当者に確認したところ,「既に補償金は4月末にはX社に支払っている」とのことで,送付した領収書に署名押印して返送するように求められました。

依頼人としては,自分に補償金が支払われておらず,領収書だけ請求されるのはどう考えてもおかしい,と抗議しましたが,再開発事業組合の方では「X社と話し合ってほしい」ということで,埒があきませんでした。

依頼人としては,必ずしも大きな金額とは言えないものの,このままでは泣き寝入りせざるを得ないことになってしまう,と考え,事務所を訪ねることになった,とのことです。

 

◆  事件の解決

(1)依頼人から話を聞き,また,依頼人に送られてきた「補償契約書」の写しには,再開発事業組合の理事長の記名と押印,依頼人の署名押印がなされ,補償金については,再開発事業組合が依頼人に支払う,という内容になっており,依頼人が言うとおり,依頼人が入金を確認したうえ,再開発事業組合に送る「領収書」までありました。

依頼人の話を聞き,これらの資料を見る限り,法律的に,再開発事業組合が依頼人に補償金約70万円を支払う義務があることは明らかであり,比較的簡単に解決することができるのではないかと期待しました。

(2)最初に,再開発事業組合に対し,前記のような契約書があるのだから,直ちに依頼人に補償金を支払うように要求しました。

ところが,再開発事業組合からは,依頼人から補償金をX社に送るように指示があったので,補償金はX社の方に送った,X社と協議をして欲しい,という回答でした。

そのため,依頼人と相談し,裁判を起こさなければ解決できない,ということになり,原告を依頼人,被告を再開発事業組合とする裁判を東京簡易裁判所に提起しました。

しかし,再開発事業組合の方では,

① 再開発事業組合は,4月に本件補償金約70万円をX社に支払っている。

② 依頼人とX社の間で,X社が補償金を一旦受領し,引越費用等は清算を行う旨の合意が成立している。

という主張をしてきました。

そのうえで,X社に本件訴訟に参加するようにと,訴訟告知を行いました。

(3)その結果,X社も本件訴訟に参加することとなり,X社は,依頼人との間で,引越費用・実費及び補償金にかかる所得税相当額を依頼人が取得し,その他はX社が取得するという合意が成立している,主張をしました。

(4)しかし,訴訟が進むに従って,X社の主張は,何の根拠もないことが明らかになりました。

X社は,依頼人から「覚書」を取ろうとしていましたが,依頼人が拒否したため,取ることはできなかったものです。

(5)その結果,当然のことながら,再開発事業組合と依頼人との間の「補償契約書」が存在する以上,被告である再開発事業組合は,原告である依頼人に対し,約束した補償金約70万円と訴状が被告に送達した日の翌日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え,という判決となりました。

その後,再開発事業組合は,代理人である当職の銀行口座に遅延損害金も含めて,金銭の支払をしました。

◆ 弁護士のコメント

結果としては,当然の結果ですが,この結果を得るため,事件を受任してから,1年10ヶ月が経過しました。

この間,千葉から東京簡易裁判所に8回出向いています。

正直,弁護士として,経済的には割の良い仕事ではありませんでした。

しかし,弁護士から見て少額の事件ではあっても,弱者を相手に不合理を通そうというような相手方を許すことはできない,という気持ちから,採算を度外視して,のめり込んでしまう場合があります。(そのため,経済的合理を重んずる事務局長からは,お小言をいただいています。)

ただし,本件においても,依頼人には,大変喜んでいただきました。

依頼人にとっては,金額の問題でもありますが,被告やX社から良いように利用されていたことに対する憤りをなんとか晴らすことができた,という思いが強かったようです。